2018/08/15 更新

3.ヨシ焼き

 渡良瀬遊水地では毎年3月中旬(延期のときはそれ以降)、全域で一斉に火入れが行われ、春の風物詩となっています。これを地元ではヨシ焼きと呼んでいます。

(以下の画像は2004年のヨシ焼き)

(1)ヨシ焼きの歴史

 ヨシ焼きがいつどのようにして始まったかははっきりしませんが、昭和30年代から現在のような地元住民が組織的に行うヨシ焼きが始まったようです。

 

 それ以前は、おそらくその必要はなかったと考えられます。

 

 渡良瀬遊水地は現在ヨシとオギが大繁茂していますが、それは渡良瀬川などが付け替えられた結果、大量の土砂が運び込まれるとともに富栄養化が急速に進んだためと考えられます。(4.富栄養化の項参照 準備中)

 

 古老の話として、昔はヨシはなかったとさえ言われます。

渡良瀬川の付け替えは1918年(大正7年)ですので、それ以降に現在のようなヨシ・オギの密集状態が形成されてきたと考えられます。

 

 そして昭和30年代は、燃料革命の起こった時代です。

 

 昔の暮らしは、家にかまどやいろりを作り、薪などを燃やすことで生活をしていました。その燃料をいかに調達するかは生活の基本作業でした。

よく燃える枯れたヨシ・オギは絶好の燃料として活用されたと想像でき、実際古老の話として春先にはきれいに採られてなくなっていたと聞きます。

 昭和30年代に入って燃料が石炭、ガス、電気、石油に切り替わり、枯れヨシ・オギが採られなくなったため、立ち枯れが目立つようになりました。

 

 ヨシ・オギが立ち枯れたまま残っていると、景観が悪くなるだけでなく、次年のヨシ・オギの生長が悪くなることが経験的に知られていました。

 

 ヨシ焼きは、もともと葦簀(よしず)作りと関連して行われてきました。

 

 渡良瀬遊水地ではよしずを作るためにヨシが(地元では女ヨシと呼んでいる)、茅葺(かやぶき)屋根の葺き替え用としてオギ(男ヨシ)が刈られてきました。この作業をヨシ刈りといいます。ヨシ刈りは12月~翌3月の冬季に行われます。渡良瀬遊水地での火入れの期日が他の地域より遅いのは、ヨシ刈りを行っているためです。

 

 もともとヨシ焼きは、ヨシの芽立ちと生長を良くするため、またヨシを食害する害虫の駆除のために行われてきたのです。

その後、火災の不安の解消、さらに自然環境の保全などが目的に加わりました。 

(2)ヨシ刈りが植物に及ぼす影響(調査)

 2011年3月11日に東日本大震災が起こり、当地方も大混乱をしました。

 そのため、2011・2012の2年間、ヨシ焼きは行われませんでした。

 

 以下の画像は、ヨシ焼きが実施されなかったため立ち枯れたままの様子(2011年4月5日撮影)

画像:渡良瀬遊水地で行われているヨシ刈りの跡地
図1. 渡良瀬遊水地の ヨシ刈りの跡地 2011/4/5撮影

 

 その最初の年2011年に、植物への影響を調べるため、以下のような調査をしました。

 

 

 

 この年は3月11日までにヨシ刈りが各所でされており、その跡地が点在していました。(図1)

 

 ヨシ刈りの跡地は、火入れはしていませんが、ヨシ・オギなどが刈られ地面によく日が当たる環境になっている点で、ヨシ焼きに近いといえます。

 

 この跡地を利用し、6月中旬~7月上旬における植物の生育状況を比較しました。

図2:渡良瀬遊水地 ヨシ刈り場の内外に3個ずつコドラートを設置したことを示す。
図2. 渡良瀬遊水地 ヨシ刈り場の内外に設置したコドラート

① 調査の方法

 

 第1調節池と第2調節池にヨシ刈り場が12カ所あったので、1~12サイトとし、それぞれで次のような調査を行いました。

 

 ヨシ刈り場の境界からおよそ2m内部と外部に、1×1㎡の方形枠(コドラートという)を3個ずつ設置し(図2)、コドラート内に生育している植物名および個体数をすべて記録する。

 

 ヨシ刈り地をA区非ヨシ刈り地(立ち枯れ)をB区とし、1A・1B ~ 12A・12Bまでデータをとる。

 

 

調査期間:2011年 6/15~7/4  

図3. 渡良瀬遊水地植生調査 コドラート内の種数(棒グラフ)
図3. コドラート内の種数

② 結果

 

 結果は以下の通りです。(未発表)

 

 コドラート内に生育する種数は、明らかに差がありました(図3)。

 

 

 A区が、B区よりはっきり生育種数の多いことがわかります。

 

 

 

 これは以下の画像でも一目瞭然です。 

(3A・3Bは画像なし)

図4.(グラフ):渡良瀬遊水地植生調査結果 コドラート内の ヨシ 桿数
図4. ヨシ 桿数

 

 

 優占種のヨシとオギの本数(桿の数)も比較しました(図4・5)。

 

 いずれもA区の方が多く、こちらも明らかに影響を受けていることがわかります。

 

 よしず関係者の間ではかねてから経験的に知られていたことが、データとしてはっきり表れました。

 

 なお、ここでは本数のみのデータですが、B区の方は細いものが多いということも観察されました。

 

 (1~5 8・9は、ヨシが優占する群落)

図5.(グラフ):渡良瀬遊水地植生調査 コドラート内の オギ 桿数
図5. オギ 桿数

(6・7 10~12は、オギが優占する群落)

 

 

図6.(グラフ):渡良瀬遊水地植生調査 コドラート内の ワタラセツリフネソウ 個体数
図6. ワタラセツリフネソウ 個体数

 

 

 小型の一年草では、明らかにA区に多い傾向がありました。

 

 図6は、渡良瀬遊水地が基準産地になっている新種ワタラセツリフネソウの例です。

画像:ず7.渡良瀬遊水地の非ヨシ刈り地に生えたトネハナヤスリ 葉が薄く弱々しい
図7.非ヨシ刈り地に生えたトネハナヤスリ 葉が薄く弱々しい 2011/6/16撮影

 

 

 

 絶滅危惧種トネハナヤスリの生育形にも影響していることが観察されました(図7)。

 

 通常の姿はこちらをご覧ください

 

 日当たりの良い所に生育するものは葉が厚くしっかりしているのに対し、日陰のものは葉が薄く、弱々しいことがわかります。

③考察

 

・ヨシ刈りの効果

 

 A区と、B区では春季の植物の生育に大きな違いがありました。

 出現種数が明らかにA区の方が多いという結果になりました。

 

 とりわけ一年草では、ワタラセツリフネソウのようにA区にだけたくさん出現しB区にほとんど見られないといった極端なものが多くありました。

 トネハナヤスリでは、生活形に違いが生じていました。

 

 冬季、地表あるいは地下には種子や根茎が眠っており、春の訪れを待っています。

 その眠りを覚ますために、植物によっては日光が大きな働きをしています。発芽に光を必要とするもの(光発芽種子)や、地温の上昇を必要とするものです。

 春にさんさんと降り注ぐ日光は、光とともに地面を暖め、それらの発芽を促します。

 

 B区では落ち葉などが厚く堆積しており、日光が地表に届きにくいことが見てとれました。

 そのため日光を必要とする植物は発芽できず、休眠したままになった可能性があります。

 

 一方、強い日光を必要としない植物は休眠せずに発芽してしまったかもしれません。

 しかし困難が待ち受けていたはずです。発芽後に堆積物を押しのけてなんとか顔を出さねばなりません。植物は光を浴びて光合成をしなければ生きていけないのです。

 

 上の調査結果から、立ち枯れ地(B区)は植物にとって非常に困った環境だということがわかりました。

 

 ヨシ刈りは、光と地表の温度条件を改善し、植物にとって好ましい環境を作っているのです。

 

 

・ヨシ焼きについて

 

 大正期以降、富栄養化に伴いヨシ・オギが大繁茂したことで、小型の植物の生育が圧迫されるようになりました。

しかし上述したように、昭和30年代より前は、春先に地表が厚く堆積物に覆われているようなことはなかったと思われます。 

 

 よしず作りのために行われてきたヨシ刈りなどが、春に明るい地面を作り、多様な植物の生育できる環境を保全してきたと言えますが、よしず生産は衰退の一途をたどり、現在その面積は遊水地のごく一部となっています。

 

 昭和30年代から、地域ぐるみでヨシ焼きが行われるようになったことで、枯れヨシ・オギが一掃されて、毎年広大な明るい原野にリセットされてきました。

 ヨシ焼きは火が入るということがヨシ刈りと違う点で、ヨシ刈りとヨシ焼きを完全に同じとすることはできませんが、春に太陽光が降り注ぐ環境をもたらすことでは同様と考えられます。

 

 ヨシ焼きも同じ意味合いで環境の悪化を阻止してきたと考えられます。

 

 ヨシ焼きは、ヨシ刈りよりもはるかに大面積ですでに60年以上も行われてきており、結果として渡良瀬遊水地がこれほど絶滅危惧種が集中する特別の自然になっていることを考えると、極めて重要な要因であると考えられます。

 

 近隣に河川敷を中心としてヨシ・オギ原が点在していますが、火入れを継続して行ってきた場所はなく、そこでは植生は極めて単調で、しかも遊水地にたくさんある絶滅危惧種のほとんどが見られません。このことからもヨシ焼きの重要性(プラス面)が推察されます。

 

 次に、ヨシ焼きによる植物へのマイナスの影響について考察します。

 

 火入れに弱い植物があります。

 

 それはまず樹木です。

 生長点が地上部にあり、そこが加熱されることになるので枯死につながります。

 ヤナギ、ノイバラなどの幼樹が毎年焼かれて立ち枯れているのが見られます。

 また遊水地内で古くからあるいくつかの樹林が衰退してきていることも観察されています。

 

 しかし、ヤナギやノイバラが優占するようになると、遊水地の貴重種を圧迫する存在になります。

 したがって貴重種の保全に重きを置くと、これらを除去することはむしろ有意義と思われます。

 

 樹林の消失については、自然の多様性を維持するためにはマイナス面もあります。たとえば鳥の営巣や休み場になっているといったことがあります。ヨシ焼きの時に樹林のまわりに防火帯を作る取り組みがされてきましたが、望ましいことと思えます。

 

 次に火入れに弱い植物として考えられるものに、火入れ前に発芽してしまう植物があります。

 

 遊水地のヨシ焼きは3月中旬以降とやや遅いので、それ以前に発芽する植物は大きく影響を受けると思われます。おそらく致死的ダメージと考えられます。

 遊水地は絶滅危惧種の宝庫ですが、たとえばヒキノカサやヒメアマナが見られません。あってもおかしくないのですがそれがないのはヨシ焼きに起因しているかもしれません(単なる想像)。

 

 ただ、これらはヨシ焼きを止めたら生えてくるかというと、おそらくそれはないでしょう。60年以上にわたって継続されてきたので、その間すでに絶えてしまったと思えます。また、今度は堆積物による圧迫が待っているからです。

 

 自然に手をつけないことが保護になるという考えは昔は一般的であったと思います。その考えの延長上でヨシ焼きを止めるべきとする意見が根強く聞かれます。

 しかしヨシ・オギの大繁茂は古来からのことではなく、それを作り出したのも人類の活動の結果であることを思えば、数多くの絶滅危惧種を中心とした貴重な自然を保全するために、人が手を加え続けることは必要なことと考えられます。

 

 この広大な渡良瀬遊水地で60年以上もヨシ焼きが継続され、素晴らしい自然が保全されてきたことは、奇跡とさえ言えると思います。 

(3)まとめ

 ヨシ刈りとヨシ焼きは、渡良瀬遊水地の植物の多様性を維持するうえで、非常に重要な(プラス)要因となっています。

 

(文責 MO)


植物に関わる環境要因